【目標設定で見落としがち】将来やりたいことを決めるときに必要な、たったひとつの考え方

僕はこちらのブログで、度々目標設定の大切さを書いていたりします。

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目標設定の大切な5つのポイント

家庭の中でも、友人との語らいの場でも、仕事先の上司や同僚とも、

「この先、何をしたいのか?」という会話はよく出てくる話題のひとつだと思います。

「○○をしたい」という感情は、ひとにやる気とエネルギーを与えてくれる、とても強力な原動力であると思っています。

しかし、「将来、○○をしたい」という「目標」には、ひとつだけ「抜け落ちているモノ」があります。

そこに気付くことが遅くなってしまうと、「豊かさ」を感じることが難しくなってしまいます。

今回は、「将来、やりたいことを決めるときに必要な、たったひとつの考え方」です。

目標に抜け落ちがちな視点とは

将来、○○という状態を作りたい。この先、○○という事柄を成し遂げたい。

やりたいことは、ひとの数だけあると思います。

僕も、自分がやりたいことをやり続けてきました。

しかし、僕のやりたいことには、ひとつだけ抜け落ちていました。

それは「何々をやりたい」という気持ちばかりで、その「やりたいこと」を「誰とやりたいのか」という視点でした。

「何をやりたい」は力を、「誰とやりたい」は豊かさを

僕も「○○をやりたい」という気持ちは人一倍強く、独立まで我武者羅に走ってきたと思いますし、独立後もひとり突っ走っていたと思います。

そして僕自身、自分のお店の業績が徐々に上がってきていても、

なんだか豊かになってはいないな

と感じる時期がありました。

僕が独立前に求めていた「やりたかったこと」は現実として叶っているはずなのに、その目標を成し遂げても、豊かさはあまり感じていないことに気が付いたんです。

僕は独立をすることで、自分が求めていたコトを獲得することができました。

しかしこれは、「自分がやりたいこと」を叶えただけで

「その目標を誰と共有するのか、その状態になると誰が豊かになるのか」という「誰」の部分が欠けていたことに気付きました。

例えば「誰」の矢印を家族にするのであれば、「自分がやりたいこと」を達成すれば「家族も同じだけ豊かに感じられるもの」でなければなりません。

しかし当時、僕の家庭は崩壊寸前で、妻からは愛想をつかされ、終いには離婚届も突き付けられました。

あの時周囲の協力のおかげもあり、なんとか離婚には至りませんでしたが、

思い知ったのは「自分のやりたいこと」は「自分が一緒に豊かになりたいと思っているひとの豊かさ」には繋がっていないという事実でした。

同じような例で、【大金持ちになり豪邸に住む】という目標があったとします。しかしこの目標に【誰と】という部分が抜け落ちたまま走り続けてしまうと、実際に目標が達成できたとしても、ひとりぼっちかもしれません。

誰もが羨む豪邸に住み、お金のことを心配する必要が一切なくなっても、一緒に住むひとがいない、訪ねてくれるひともいない状態で、たったひとりで住み続ける、果たしてそれは豊かだといえるでしょうか。

極端な例かもしれませんが、目標と目的が逆転してしまい、実際にお金を稼ぐ事それ自体が目的になって、「稼いでも稼いでも一向に豊かさを感じられない」ひとはたくさん実在します。

目標に「誰と」が加わると、目標そのものも変わる

目標を達成していくと、変化するものでわかりやすいモノが「お金」です。

だから、お金は目標として掲げやすいんだと思います。

豊かさの土台として、お金は確かに大切です。

しかし、お金は豊かさを享受するための便利な道具に過ぎません。

「○○をやりたい」の目標に「誰と」の目線が加わると、

この目標で、○○さんと本当に豊かになれるのか

という客観的な視点が生まれやすくなります。

したがって、目標がより現実的に、具体的になってきますし、判断軸が固定され、ブレもなくなります。

結局ひとは、自分のためだけだと、それほど頑張れません。

みなさんも、一時期の僕のようにはならないよう、目標に「誰と」の目線も加えてみてください。

きっと、感じる豊かさに変化がでてくると思います(*^^*)おしまい

 

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